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自己啓発の元気玉的教え

全ての自己啓発の究極奥義、それは死ぬ気でやること。全ての事は死ぬ気でやればなんでもできるのは心理であり、誰でもできる究極奥義だ。明日死ぬとしたら、今日全力で生きるとしたら、そういう後悔を残さないためというのはよく聞く。今のお前は10年後の未来から逆行してきたんだよとか、今日生きれなかった誰れかが居るんだよなんてのも聞く。今日死ぬ気でやるなんて、極めてシンプルで簡単な事だ。簡単すぎて、心理すぎて、心の中ではそれが全てだと理解している。

けど、それで死ぬ気でやってもし失敗したら・・・成功出来なかったら・・・という不安が邪魔をする。死ぬ気でやればなんでもできる。けど、できなかった時が怖い。ほんとはできる、やればできるという安心感は強い。死ぬ気でやれば成功するのがわかりきっていることなのに、わざわざ習慣だ、行動だなんて脇道の教えに目をそらしてごまかしている。死ぬ気でやるというのは全力疾走だ。人間は全力で走ることには向いていない。長距離、極めてだらだら走るのが得意だ。近道が目に見えているのに、手を抜くという行為が遺伝子に染み付いている。人間にとって、手を抜くという行為が楽という言葉になってしまっている。

こうして死ぬ気でやる事が最短正攻法だとわかっていても、やっぱりなんだかんだ言ってやりたくないよね。全くやらないわけじゃない、けど全力ではやりたくない。ほどほどに辛いくらいがいいんだよ。皆ほどほどに辛いくらいを選ぶので、当然ほどほど倍率は激戦区だ。ほどほどに辛いとある意味暇で、そこそこ愚痴を言うこともできてしまう。現代であれこれ不満が多いのは、こうしてほどほど暇な辛さに身を置く物が多いからだ。楽してる人は不満なんてそれほどないし、全力で忙しい人は不満を言う暇もない。結局、そこそこ手抜きが多いのが悪いのだ。

死ぬ気でやる。これぞ人生人間の究極奥義。そんな死ぬ気でやるために私がとった一番効果のある方法、それは目に見える場所に置く事である。モニターに、トイレに、車に、常に焦点を合わさなくても視界に入る場所に書いておくのだ。死ぬ気でやる、と。これは額に寝たら画鋲が刺さるようにして徹夜する行為ににている。子犬にトイレのしつけをすることにもにている。要するに、忘れる度に体で覚えさせなければならないのだ。人間は驚くほどよく忘れる。寝る前とか、朝起きた時に教えを読み返すなんてのは間があきすぎる。やる直前で思い出さなければ意味がない。何かをする度に、必ずメモを読み返し、読み返さなくても無意識に目に入る位置に置くのが最強だ。

人間、ほんとに死ぬ気でやったことなんて殆ど無い。けど、それは全ての事に死ぬ気でやる余地があるということでもある。死ぬ気で起きる。死ぬ気で歯磨きする。死ぬ気で通勤する。死ぬ気で着替える。死ぬ気で運動する。死ぬ気で、死ぬ気で、死ぬ気で・・・とまぁ死ぬ気でやれる事は腐るほど有る。私は一時的に死ぬ気で歯磨きとか、死ぬ気で寝起きとかやったが意外と楽しい。そして如何に時間を無駄になぁなぁですごしているかわかる。死ぬ気でやると、大抵キビキビした動きになりエリートになったような気分に浸れるものだ。いやぁ、死ぬ気でやるのはほんと楽しいからおすすめですぞ。